山さんのおつかい暮らし 元アナウンサーでボディーワーカー山村美樹の徒然日記

一番光り輝く星に・・・

こんな上司のもとで働けたら・・・

テレビ局で働いていた時も、取材などで沢山の経営者の方にお会いして話を聞いて、その都度感銘を受けて来ました。

テレビ局を辞めて、今の仕事についてもテレビ局時代とはまた違った分野の方と触れ合うことで、自分を見なおしたり、人生を考えるきっかけをもらったりと「人」から色んな事を学ばせてもらっています。

アナウンサーを辞めて6年。辞めた事を悔んだ事は最初の一年ぐらいで、その後は、後悔もなく今のセラピストの仕事が楽しくて今まで来ました。

でも、今から3年前、ある人と出逢って久々に自分で取材して伝えたい!・・・・そしてそれが出来ない立場にいる事をとても悔しく思った事がありました。

アナウンサー時代に「山ちゃんの田舎暮らし」というコーナーを担当していました。
朝日町の夢創塾の長崎さん、その人の生き方、考え方に惚れて、なんとしても長崎さんがメインのコーナー&番組を作りたいと企画書を書いて、このコーナーが出来ました。

仕事を辞めても時々、このコーナーをフリーで出来ないものかと模索した時期もありました。

そして、久々に「この人の番組を作りたい」と思う方に出会いました。それが3年前です。

私の父と同じ年代のその方は、とても男気があって優しくて、厳しくて。

社員にはいつも「やりたいようにやってみろ」「ダメだったらその責任はとる」と言っていて、

そして、何より いい!と思ったことを実行に移す早さ、決断力に、いつもビックリ。そしてこんな上司がいたらな~と思わせてくれました。

考え方、生き方、人に対する接し方に久しぶりにこの人の番組を作りたい!!と思ったのでした。

病気を抱えながら、将来を担う子供達の事を真剣に考え、実行する姿をみて、私の中で何かが燃え上がりました。

番組は作れないけど、なんか私に出来ることがあればお手伝いしたいなって。

顔を合わせれば、私の事も子供の事も気にかけてくれました。

まだまだ色んな話を聞いたり、話をしたかったのに・・・・入院されたまま天に召されました。

悲しくて、本当に残念です。

息子にも叱咤激励をくれていた保育園の理事長、息子も厳しくて優しかった理事長先生が大好きでした。

そんな息子が言いました。

「理事長先生がお空で一番きれいな星になって輝けるようにお願いした」と。

そして、曇り空を眺めて「今日は曇りで星は見えないけど、凛空には理事長先生のきれいな星が見えるよ!」と。
「空から見てくれてるから、これから頑張ろう!」って言いました。

理事長の優しい想いが、息子に伝わっていたからこその言葉だと思います。

ありがとうございます。

お疲れ様でした。

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